深掘り 「Anthropic の新旗艦はタスクあたり 20% 高い」——一週間後、同じ独立評価でその数字は「13% 安い」に変わった。定価は一銭も動いていない。動いたのは評価のほうだ。二社が本当に分かれたのは値下げの有無ではなく、浮いたトークンの分が誰の懐に入ったかである · 2026年9月17日
深掘りレポート第 34 回。今回攻め直すのは、本紙が書き留めたばかりの読みである。
九月十七日未明、本紙はまだ検証中の読みを一つ書き留めた。要旨はこうだ。フロンティアモデルのコスト競争では、コストの高低を決める変数が定価から「タスクあたり何トークン出力するか」に移っており、二社は九月第一週に正反対の方向を選んだ。Anthropic の Fable 5.1 は出力トークンを約 1.7 倍に増やし、評価機関 Artificial Analysis の総合指数で 4 ポイントを上積みした。値下げはキャッシュ読み取りの一項目にとどまり、定価は据え置かれたため、タスクあたりのコストはかえって 20% 上がった。OpenAI のほうは GPT-6 Astra を、トークンが少なく再試行も少ないモデルとして打ち出した。
その読みが買い手に示した助言は二つある。比較の単位をタスクあたりコストに切り替えること。そして、同じ会社の値下げでも、エージェント型の仕事と通常の呼び出しとでは効果の向きが逆になりうること。ここでいうエージェント型の仕事とは、モデルが自分で何往復も処理を続け、ファイルの読み込みやプログラムの実行といったツールを呼び出しながら仕上げるタスクを指す。なお、その読みは判断を保留した理由を自ら書き添えていた。OpenAI 側の数字がベンダーの自己申告しかない、という理由だ。
本稿はこの読みを分解して検証し直した。結論は三層に分かれる。
第一層。「タスクあたり 20% 高い」は実際の計測だが、一週間に三度改版された評価に結びついている。 九月一日の評価記事は 3.76 米ドル、前世代 Fable 5 より 20% 高いと書いた。九月七日、同じ機関が指数を新版に切り替えると、同じモデルはタスクあたり 7.63 ドル、前世代は 8.75 ドルとなり、約 13% 安くなった。この一週間、二社の定価は一銭も動いていない。さらに直接的なのは次の点だ。新版の同じ計測で公開された二つの数字のうち、評価一式を走らせた総費用では Fable 5.1 が前世代より 18% 多い。ところが同機関独自の加重方式でタスクあたりに直すと、13% 少ない。分母を替えるだけで、符号が反転する。
第二層。二社の分岐は本物であり、OpenAI 側にもいまは独立した計測値がある。 九月九日、Artificial Analysis は次の結果を出した。総合指数で同点のとき、Astra の出力はタスクあたり約 2.7 万トークン、Fable 5.1 は約 7.8 万トークンで、Astra のタスクあたりコストは Fable 5.1 の約 4 割にとどまる。先の読みが判断を保留した理由は、読みが書かれる八日前にすでに解消されており、しかも結果は読みと同じ向きだった。ただし、その読みは分岐のもう半分を見落としていた。OpenAI は Astra の定価を、前世代 GPT-5.6 Sol の 2.5 倍に設定したのである。 同じ機関によれば、Astra のタスクあたりコストは自社前世代と比べて、総合指数で約 6 割、コーディングエージェント指数で約 15% 高い。トークン効率は買い手にとって安いタスク単価にはならず、定価に吸い上げられた。Anthropic はその鏡像の道をとった。定価は動かさずにトークンが増え、その一部をキャッシュ読み取りの値下げで埋め戻す。しかもこの値下げは Fable 5.1 だけに適用され、そのキャッシュ読み取り価格は Opus 5 の半分になった。Opus 5 は同社で一段下のモデルで、定価は Fable 5.1 の半分しかない。そして公に乗り換えた最初の顧客は、まさにその Opus から移ってきた。
第三層。だから買い手が比べるべきは「タスクあたりコスト」という数字ではなく、自社の請求書にある二つの行だ。 タスクあたりコストはモデルの属性ではない。モデル、問題の構成、エフォート設定、ツール環境、課金方式の五つが一緒に決める。エフォートとは、モデルを呼び出すときに指定できる段階設定で、段階が高いほどモデルは答える前に長く考え、出力トークンも増える。Fable 5 から 5.1 への移行で費用が減るか増えるかを決めるのは、いまの請求書にある「キャッシュ読み取り」の行と「出力」の行の比率だ。おおよそ 2 割を下回れば、ほぼ確実に高くなる。1.2 倍を上回れば、ほぼ確実に安くなる。その中間は、エフォート設定で出力がどれだけ増えるかしだいである。「同じ値下げで効果の向きが逆になる」という一文は書き直しが要る。値下げそのものが誰かの費用を押し上げることはない。符号を反転させるのは世代交代のほうで、反転がいちばん起きやすい境界は、トークン課金の API とサブスクリプションプランの利用枠とのあいだにある。
本稿は六段で進む。
① まず数字を照合する。「20% 高い」はどの版の評価で測ったのか。同じ計測で分母を替えるとどうなるか。
② 分岐は成立している。OpenAI 側の独立した計測値と、Anthropic 側が実際にどれだけ多く出力しているか。
③ 分岐のもう半分。浮いたトークンの分を、二社はそれぞれ誰に渡したのか。
④ キャッシュ値下げの刃は、最初に誰に向かったのか。
⑤ 買い手はどう比べるか。請求書の二行と、他社と比べるときキャッシュの価格差がどこまで効くか。
⑥ 本紙が今後この種のニュースをどう読むか。そして何が本稿を覆すか。
この読みはまだ夕刊に載っていない。未明に書き留めたばかりの検証中の読みで、読者の前に出るのは本稿が初めてだ。本稿は「タスクあたり 20% 高い」の分母を分解し、「OpenAI はトークンを減らして買い手の費用を浮かせる」という見方も確かめた。本紙が自ら設けた観察期間のうちに、OpenAI が同じ独立の物差しで Astra のタスクあたりコストを自社前世代より下げれば、「トークン効率は定価に吸い上げられた」という読みは誤りとなる。
進行中 ?
上の図は、「フロンティアモデルの価格決定力は保てるのか」という論点について、本紙が追っている地図である。本稿が扱うのは、その枝先の層だ。七月の局面では、三社が「同等の能力を数分の一の価格で」と掲げて Anthropic のプレミアム価格を包囲した。ところが九月になると、OpenAI の旗艦の定価は逆に上がり続け、Anthropic とまったく同じ数字にたどり着いた。入力百万トークンあたり 10 ドル、出力 50 ドルである。旗艦クラスでは定価をめぐる戦線が止まり、戦いは「タスクあたり何トークン出力するか」と「キャッシュをどう課金するか」に移った。
ここで読むのをやめるなら:先月の自社の請求書を開き、キャッシュ読み取りの行が出力の行の何倍かを見てほしい。この一つの比率のほうが、どの評価に載ったタスクあたりコストよりも、世代交代で費用が増えるか減るかをよく教えてくれる。
先の読みを支える最も重要な計測値は、Artificial Analysis が九月一日に出した Fable 5.1 の評価記事から来ている。記事によれば、Fable 5.1 は最高エフォートで指数のタスク 1 件あたり 3.76 ドルを費やし、Fable 5 より 20% 高い。理由は出力トークンが約 1.7 倍に増えたことだという。キャッシュ読み取りの値下げはタスクあたり約 1.40 ドルを浮かせ、その効果はエージェント型の評価項目に集中している。値下げがなければタスクあたり約 5.16 ドルになっていた、とも記事は書く。本紙はこれらの記述を原ページに戻って一字一句照合し、相違がないことを確かめた。Artificial Analysis はこの評価記事のなかで、公開前に Anthropic の評価を手伝ったことも自ら明記している。同機関が出す Fable 5.1 の数字を読むとき、読者はこの関係を知っておくべきだ。
この計測値に誤りはない。問題は、それを測った物差しがその後の一週間で三度も替わったことにある。
| 日付 | 総合指数の版 | Fable 5.1 のタスクあたりコスト | 何が起きたか |
|---|---|---|---|
| 9 月 1 日 | 公開当日版 | 3.76 ドル、Fable 5 より 20% 高い | 評価記事の公開 |
| 9 月 3 日 | v4.1.1 | 3.69 ドル | Astra 公開当日の版。Fable 5.1 が Astra に 5 ポイント先行 |
| 9 月 4 日 | v4.2 | 6.12 ドル | 出題の入れ替え |
| 9 月 7 日 | v4.3 | 7.63 ドル。Fable 5 は 8.75 ドル | ターミナル操作のコーディング評価が 4.0 版に。銀行カスタマーサポートの評価はワークフロー自動化の評価に差し替え |
四行のうち、最初と最後の行の数字は、Fable 5 のものも含めて Artificial Analysis 自身のページから取った。中間の二行は、まとめサイト TokenCost の版ごとの表と、テックメディア TechTimes が三度の改版日を報じた記事による。九月一日の行をどの版に数えるべきかは二つのまとめで食い違っており、本稿では「公開当日版」とだけ書く。
この表から読み取るべきことは三つある。
第一に、タスクあたりコストは五日で倍になったが、定価は動いていない。 TokenCost によれば、Fable 5.1 のコストは五日で倍増し、九月三日のタスクあたり 3.69 ドルから九月八日の 7.63 ドルになった。そのあいだ定価はずっと 10 ドルと 50 ドルのままだったという。原因は、新版の問題が長く、よりエージェント的になり、一問ごとに出力するトークンが増えたことにある。あるモデルの「タスクあたりコスト」は、まずその問題セットの属性であり、モデルの属性であるのはその次だ。
第二に、世代交代で高くなるか安くなるかは、版によって入れ替わる。 公開当日版では、Fable 5.1 は Fable 5 より 20% 高い。v4.3 では Fable 5.1 がタスクあたり 7.63 ドル、Fable 5 が 8.75 ドルで、約 13% 安い。同じ時期に総合スコアの差も 4 ポイントから 3 ポイントに縮み、Astra は 5 ポイント差の劣位から同点に並んだ。
第三に、いちばん直感に反するのがこれだ。v4.3 の同じ計測で公開された二つの数字は、分母を替えるだけで符号が反転する。 Artificial Analysis のモデルページは二つの数字を並べて公開している。一つは指数一式を走らせた総費用で、Fable 5.1 が 13,128.86 ドル、Fable 5 が 11,160.86 ドル。18% 多い。 もう一つはタスクあたりコストで、ページの説明によれば、タスク数で割ったうえで各評価の指数内の重みに応じて加重した値だ。7.63 対 8.75 で、13% 少ない。
なぜ二つの数字は逆を向くのか。総費用を分解すると見えてくる。Fable 5 の請求では、キャッシュ読み取りが 28% を占めていた。Fable 5.1 はキャッシュ読み取り価格が四分の一に下がったため、この行は 11% まで縮み、出力の行は 54% から 70% に膨らんだ。問題数が多く一問が短い評価では、キャッシュ読み取りが少ないので、出力の増加がそのまま支出の増加になる。逆に、問題数が少なく一問が長く、指数内の重みが大きいエージェント型の評価では、キャッシュ読み取りが多く、値下げで浮く額が出力増を上回る。総費用は「1 ドルはどれも同じ重さ」として合算するので、前者に引っ張られて高くなる。加重タスクあたりコストは「評価の種類ごとに同じ重さ」として扱うので、後者に引っ張られて安くなる。この段落の仕組みは、本紙が公開された費用内訳から推論したものだ。Artificial Analysis は評価ごとのタスクあたりコストを公表していないため、項目ごとの検証はできない。二つのモデルで各評価を何回繰り返したかもページに書かれておらず、回数が違えば総費用は単純に比べられない。 それでも、符号が逆だという事実そのものは、ページ上の二つの数字に書かれている。
独立した第三者が、この件をすっきりまとめている。開発ツール企業の Firecrawl は九月七日、API 課金で自前のテストを 57 回走らせた。その結論によれば、Anthropic が掲げる節約幅(典型的な仕事で 25%、重いエージェント型の仕事では 45% まで)と、Artificial Analysis が示したタスクあたりの割高は、どちらも正しく測れている。前者はキャッシュを大量に読む仕事に、後者はキャッシュをほとんど読まない仕事に当てはまり、両者が使っている価格表は同じだという。
したがって、先の読みの一つ目の鍵となる数字はこう受け取るべきだ。それは実際の計測である。ただし答えているのは「九月一日時点の問題セットを最高エフォートで走らせると、いくらかかるか」であって、「あなたが乗り換えたらどれだけ高くなるか」ではない。
先の読みは、判断を保留した理由をはっきり書いていた。OpenAI 側の「トークンが少ない」は自己申告しかない。もし Artificial Analysis が Astra について測ったタスクあたりトークン数が逆の向きを示せば、二社が分岐しているという面は成り立たない。
その計測値は九月九日に出ていた。読みが書かれる八日前のことで、向きも同じだった。
Artificial Analysis の Astra 評価記事によれば、総合指数 v4.3 で Astra は最高エフォートで 53 点を取り、Fable 5.1 と同点だった。記事は、Astra がタスクあたり 2.7 万の出力トークンを使い、これは Fable 5.1 の 7.8 万の約三分の一で、スコアは同じだと書く。タスクあたりコストは 3.26 ドル対 7.63 ドルで、約 4 割にあたる。もう一つのコーディングエージェント指数でも両者は同点で、Astra のタスクあたりコストは Fable 5.1 の約 6 割だった。記事はその理由を、Astra が指数に並ぶエージェントのなかでトークン使用量が最も少ないからだとしている。
二つ目の独立した情報源は、ターミナル操作のコーディング評価 Terminal-Bench 4.0 の公開ランキングで、評価フレームワーク Harbor が管理している。まとめサイト CodingFleet が九月十一日に伝えたところでは、Astra は OpenAI の Codex 環境で 58.2% を解き、Fable 5.1 は 57.9% を解いた。前者は 15 億トークン、評価費用は約 3,300 ドル。後者は 27 億トークンで約 6,200 ドル。前者のほうが約 47% 安い。この項目について、本稿は Harbor の元ページを直接は読めておらず、読んだのは転載だけである。
OpenAI 自身の説明と突き合わせてみる。九月九日のエンタープライズ向け発表文は、同じ Terminal-Bench 4.0 で Astra の一問あたり推定 API コストが Fable 5.1 より約 63% 低いとしているが、計算方法は公開していない。Harbor のランキングはこの評価で約 47% 安いと示しており、向きは OpenAI の自己申告と一致するが、幅は 63% より一回り小さい。 Artificial Analysis が測った約 57% 安いという数字は別の物差し、つまり総合指数によるもので、向きの一致を裏づけるにとどまる。同じ評価の二つ目の計測値としては数えられない。
Anthropic 側でも、「出力トークンが増えた」ことには独立した計測値がある。ただし幅は絞り込む必要がある。
よって、「Anthropic はトークンを増やしてスコアを買った」という言い方はこう絞り込むべきだ。自社前世代と同じエフォートで比べると、出力は 1〜4 割増える。1.7 倍は、公開当日版の評価で最高エフォートを使ったときの数字である。
最後に、逆向きの計測値を一つ片づけておく。AI ツール企業の MindStudio は九月六日、同じコーディングテスト一式で Astra に約 198 ドル、Fable 5.1 に約 113 ドルかかり、Astra が 75% 高かったと書いた。だがこのとき Astra は Codex の最上位の思考モードで動いていた。本紙の記録では、OpenAI が七月にこの世代向けに追加した最上位モードは、公式の説明によれば、既定で四つのエージェントを並列に協調させ、トークン使用量を増やす代わりにより強い結果を得る設計だ。これは反証ではなく注意喚起である。「トークンが少ない」は同じエフォートの表記のもとで比べて初めて意味を持ち、しかも各社の表記は揃っていない。 TokenCost も同じことを書いている。「最高」「高」といった言葉の定義は各社で違う、と。
先の読みが描いた構図はこうだった。Anthropic は利用者に多くのトークンを払わせて能力を高め、OpenAI はトークンを減らして利用者の費用を浮かせる。第二節はトークンの向きを確かめた。だが「利用者の費用を浮かせる」と言うには、三つ目の数字が要る。定価だ。
OpenAI の旗艦の定価を順に並べる。
半年のうちに、OpenAI は同じ動きを二度繰り返した。定価を上げ、同時に新モデルはトークンが少ないと言う。
では結果はどうか。Artificial Analysis は同じ評価記事のなかで答えを出している。総合指数では、最高エフォートの Astra は GPT-5.6 Sol より約 6 割高い。記事によれば、トークン単価の高さが、トークン使用量の少なさで部分的にしか相殺されていないからだ。コーディングエージェント指数では、タスクあたり 7.09 ドルで Sol より約 15% 高く、スコアは 7 ポイント上回る。
二社を並べてみる。
| OpenAI:Astra 対 Sol | Anthropic:Fable 5.1 対 Fable 5 | |
|---|---|---|
| 定価 | 2.5 倍 | 据え置き |
| タスクあたり出力トークン | 総合指数で約 7% 減。コーディングエージェント指数で約三分の一 | 同じエフォートで 1〜4 割増 |
| キャッシュ読み取り価格 | 入力価格の 1 割のまま | 入力価格の 2.5% に引き下げ |
| タスクあたりコスト(自社前世代比) | 総合指数で約 6 割高、コーディングエージェント指数で約 15% 高 | 公開当日版で 20% 高、v4.3 で 13% 安、Anthropic の 8 月トラフィックにもとづく自己申告で 25%〜45% 安 |
表の「約 7% 減」は、Artificial Analysis のモデルページが公開しているタスクあたり出力トークン数、2.72 万対 2.93 万から出したものだ。「約三分の一」は、同機関の評価記事にあるコーディングエージェントの段落で Astra と GPT-5.6 Sol を比べた文章上の記述で、本稿は両者の元のトークン数を入手していない。二つは別々の指数の数字であり、総合指数で見れば Astra は自社前世代よりたいして減っていない。表の「約三分の一」は、第二節で Astra を Fable 5.1 と比べた「三分の一」とも別の比較である。
この表を読むと、「自社前世代比のタスクあたりコスト」の欄で、どちらの会社も買い手に目立って安いものを渡していない。違いは、どのつまみを回したかにある。OpenAI はトークン効率を定価の引き上げに充て、Anthropic はトークンの膨張をキャッシュ価格で吸収した。 買い手が実際に手にする割安さは、会社をまたいだところにある。同じ定価のもとで、Astra のタスクあたりコストは Fable 5.1 の 4〜6 割だ。それは OpenAI と Anthropic のあいだの価格差であって、OpenAI と自社の過去とのあいだの価格差ではない。OpenAI 側について本稿が持っているのは定価と評価の数字だけで、なぜ Astra の割高分を払うのかを買い手が公に説明した例は見つけられていない。この半分は利用者側の証拠を欠いている。
これは本紙が七月に示した読みへの答えにもなる。当時、三社は「同等の能力を数分の一の価格で」という売り文句で Anthropic のプレミアム価格を包囲しており、OpenAI の武器はより安い製品ラインだった。二か月後、OpenAI の旗艦の定価は Anthropic の旗艦と一銭も違わない水準まで上がった。旗艦クラスでは、定価という武器は引っ込められた。攻撃は止まっておらず、タスクあたりのトークン数に場所を移した。
先の読みは、Anthropic のキャッシュ値下げを「他社の攻勢に応じた定価の値下げではなく、エージェント型の仕事量に向けた狙い撃ちの補助」と読んだ。前半はおおむね持ちこたえるが、狙いの先はもっと正確に書く必要がある。
まず、値下げがどこに入ったかを見る。Anthropic 公式価格ページの脚注によれば、Claude Fable 5.1 と Claude Mythos 5.1 のキャッシュのヒットとリフレッシュは基本入力価格の 0.025 倍で課金され、ほかのモデルはすべて標準の 0.1 倍のままだ。キャッシュ書き込みの価格は変わらず、5 分で 12.50 ドル、1 時間で 20 ドルである。
最も高い一段だけに適用したことは、一つの事実を意味する。Fable 5.1 のキャッシュ読み取り価格は百万トークンあたり 0.25 ドルで、自社で一段下にあたる Opus 5 の 0.50 ドルより半分安くなった。 定価では Opus 5 が Fable 5.1 の半分だが、キャッシュ読み取り価格では立場が逆になる。
その帰結を最初に公に語ったのは Cognition だ。Anthropic の発表文が引用した同社の発言によれば、Cognition は公開当日に Devin の Opus 5 トラフィックを Claude Fable 5.1 に移した。新しいキャッシュ読み取り価格によって、Fable クラスのモデルがようやく、それまで Opus に置いていた仕事にも見合うようになり、その手始めがコードレビューだという。同社のブログは数字も出している。自社のコーディング評価で中程度のエフォートの場合、Fable 5.1 はタスクあたり 2.68 ドル、Opus 5 は 3.51 ドル、Fable 5 は 5.84 ドルだった。同社の説明では、旧キャッシュ読み取り価格のもとで、Fable 5.1 がタスクにかける費用の大半は、すでに見た内容の読み直しに消えていた。値下げ後、同じタスクは約 5 ドルから 2.68 ドルに下がった。一方、Opus 5 のキャッシュ読み取り価格は Fable の新価格の二倍なので、定価が安いにもかかわらず、かえって Fable より上に来てしまうという。
したがって本稿で見えている最初の効果は、自社製品ライン内部の引っ越しである。キャッシュを大量に読む仕事が、Opus の段から Fable の段へ移った。これは Anthropic が同時に OpenAI に対抗している可能性を排除しない。本稿は動機を判定せず、目に見える最初の引っ越し組が誰で、どこから移ってきたかだけを記録する。Cognition は公開当日のパートナーで、その数字は自己申告である。
この値下げとあわせて見ておくべきことが、あと二つある。
第一に、キャッシュ請求の次の行は動いていない。 値下げ後、Artificial Analysis が示した Fable 5.1 の請求内訳ではキャッシュ書き込みが 16% を占め、キャッシュ読み取りの 11% をすでに上回っている。
第二に、この値下げはトークン課金の場所にしか効かない。 Anthropic の発表文は対象を "wherever usage is billed by token" と書き、例として同社の API を挙げている。サブスクリプションプランの利用枠でキャッシュをどう数えるかは、発表文に書かれていない。開発者ブログ paddo.dev が九月三日に掲げた記事タイトルは、まさにこの点を突いていた。API では安くなり、Max プランでは利用枠をより多く食う、という趣旨だ。筆者が自分の Claude Code で記録した数字では、出力は一往復あたり 1,207 トークンで、Fable 5 の 990 トークンより 22% 多く、キャッシュ読み取り量はほぼ同じだった。API なら出力の増加分は値下げで吸収されるが、サブスクリプションの利用枠には吸収するものが何もない。この段の証拠は、いまのところ利用者の自己申告と一人の筆者の個人記録しかない。利用枠の計算が値下げに合わせて調整されたかについては、筆者自身もまだ答えは出ていないと書いている。 それでも、もしこれが成り立つなら、先の読みがいう「同じ会社の値下げで効果の向きが逆になりうる」について、符号が実際に反転する可能性が最も高い境界は、エージェント型の仕事と通常の呼び出しのあいだではない。API とサブスクリプションプランのあいだにある。
第一節では、タスクあたりコストは問題セットの属性だと述べた。第四節では、それが課金方式の属性でもあると述べた。では買い手は、結局なにを比べればよいのか。
いまの Fable 5 の請求書で、出力の行を O、キャッシュ読み取りの行を C とする。5.1 に移ると、出力は O に増加倍率 r を掛けたものになる。キャッシュ読み取りは単価が四分の一になるが、往復が増えるぶん読み取り回数も c 倍になりうるので、この行は C に c を掛け、さらに四分の一を掛けたものになる。新しい請求が古い請求より安くなる条件は、C が O×(r − 1) を (1 − c/4) で割った値より大きいことだ。
数字を入れてみる。
だから大まかな判断基準はこうなる。キャッシュ読み取りの行が出力の 2 割に届かなければ、ほぼ確実に高くなる。出力の 1.2 倍を超えれば、ほぼ確実に安くなる。その中間は、エフォート設定で出力がどれだけ増えるかしだいだ。 この式はキャッシュ書き込みとキャッシュされない入力を無視している。前者は往復が増えれば増えるので、実際のしきい値はもう少し高くなる。Artificial Analysis v4.3 の Fable 5 の請求で検算してみよう。キャッシュ読み取りは出力の 52% にあたる。加重タスクあたりのトークン倍率、約 1.17 倍で計算すると、しきい値を上回るので安くなる。総費用ベースの出力倍率、約 1.5 倍で計算すると、しきい値を下回るので高くなる。第一節で見たページ上の逆向きの二つの数字と、どちらも符合する。
この式は本紙が自ら計算したもので、どの当事者の主張でもない。使い道はこうだ。どの評価を待つ必要もない。先月の請求書に、必要な二つの数字がもう載っている。
同じ定価のもとで、Anthropic のキャッシュ読み取り価格は OpenAI の四分の一だ。この価格差で、Astra の出力トークンの少なさを相殺できるのか。
Artificial Analysis の v4.3 は、二社が総合指数一式を走らせたときのキャッシュ読み取り費用を公開している。本紙はそれを二社公式のキャッシュ読み取り単価、つまり百万トークンあたり 0.25 ドルと 1 ドルで割り、読み取り量を逆算した。Fable 5.1 は約 55 億、Astra は約 11 億のキャッシュトークンを読んでおり、量は 5.2 倍なのに、支払額は 1.3 倍にとどまる。 言い換えれば、四倍のキャッシュ価格差は、Fable 5.1 の読み取り回数の多さにほぼまるごと食われている。モデルが往復を一つ増やすたびに、コンテキストを丸ごと読み直すからだ。請求総額では Fable 5.1 が Astra の 2.47 倍。仮に Astra と同じキャッシュ価格を払っていたら 3.25 倍になる。キャッシュ値下げで差は一回り縮んだが、差の本体は出力にある。この読み取り量は本紙の推算で、Artificial Analysis が公表した数字ではない。推算には長いコンテキストの割増料金を含めておらず、評価のなかでそれが発動していれば、Astra の読み取り量を過大に見積もっていることになる。
他社との比較で得られる三つの数字を並べると、問題がエージェント型に近づくほど差は縮む。総合指数のタスクあたりで約 2.3 倍、Terminal-Bench 4.0 の評価費用で約 1.9 倍、コーディングエージェント指数で約 1.7 倍だ。ただし三つはツール環境が異なり、後の二つは各社自前のエージェント環境で測っている。このため本稿は、差の縮小を単純にキャッシュ価格差のせいにはしない。記録するのは向きだけで、法則としては書かない。
1. 提示されたタスクあたりトークン数は、どのエフォートで、どのツール環境で測ったものか。
2. 自社の仕事量では、キャッシュ読み取りとキャッシュ書き込みが、それぞれ請求の何割を占めるか。
3. サブスクリプションプランを使う場合、キャッシュは利用枠のなかでどう数えられるか。
三つ目の問いには、いまのところどの会社も公に答えていない。
先の読みは「タスクあたりトークン数を公に測っている第三者は、現時点で Artificial Analysis 一社だけ」と書いていた。この一文は成り立たない。本稿は、タスクあたりのコストやトークン使用量を公表している第三者または利用者を、少なくとも五つ見つけた。評価プラットフォーム Vals AI のモデルページは、Fable 5.1 を一問あたり 28.92 ドルと載せている。Harbor が管理する Terminal-Bench 4.0 のランキングには、費用とトークンの列がある。Cognition は自社コーディング評価のタスクあたりコストを公開している。Firecrawl は 57 回のテストを公開した。Databricks は七月、自社のコードベースで測った、完了タスク 1 件あたりのコストという基準を公開している。そもそも先の読みが自ら引いた Vals AI の数字(その問題セットは Anthropic が提供したもの)自体が、タスクあたりコストの一つである。
持ちこたえる絞り込み版はこうだ。最も多く引用されている物差しは Artificial Analysis だが、その物差しは一週間で三度改版され、そのたびにタスクあたりコストの数字が変わり、うち一度は符号まで反転した。
フロンティア旗艦の定価は九月、入力百万トークンあたり 10 ドル、出力 50 ドルという同じ数字に収束した。旗艦クラスで定価の戦線は止まり、コスト競争は「タスクあたり何トークン出力するか」と「キャッシュをどう課金するか」に移った。二社がトークンで正反対の方向を選んだのは確かで、独立した情報源も二つある。しかし、どちらもその変化を自社前世代より安いタスク単価に変えてはいない。OpenAI はトークン効率を定価の引き上げに充て、Astra は自社前世代比でタスクあたり 15% から 60% 高い。Anthropic はキャッシュ読み取りの値下げでトークンの膨張を吸収したが、その値下げは最も高い一段だけに適用され、目に見える最初の効果は自社 Opus のトラフィックが上の段へ移ったことだった。「タスクあたりコスト」はモデルの属性ではない。問題の構成、エフォート、ツール環境、課金方式の属性である。最も多く引用される物差しは一週間で三度改版され、一度は符号が反転した。今後「あるモデルのタスクあたりコストが何割高い、何割安い」という報せが来るたびに、本紙はまず四つを問う。どの版の評価か。どのエフォートか。キャッシュ読み取りが請求の何割を占めるか。API か、サブスクリプションか。
1. OpenAI が Astra のタスクあたりコストを自社前世代より下げる。 具体的には、Artificial Analysis か Harbor のいずれかの版の評価で、同じエフォートにおいて Astra のタスクあたりコストが GPT-5.6 Sol を下回ること。定価の引き下げ、キャッシュ価格の引き下げ、さらなるトークン削減のどれによるかは問わない。「トークン効率は定価に吸い上げられた」という読みは、その日に無効となる。観察期間(本紙が自ら設定)は 2026 年 12 月 31 日まで。
2. Anthropic が 0.025 倍のキャッシュ読み取り価格を Opus 5 にも広げる。 「この値下げはまず自社の Opus トラフィックに向かった」という読みは弱まる。Opus に残っている仕事が、もう引っ越す必要をなくすからだ。
3. 同じツール環境・同じエフォート・同じ問題セットで、キャッシュ読み取りの比率も公開した第三者の比較が現れ、キャッシュ読み取りの少ない仕事でも Fable 5.1 が Fable 5 より安いと示される。 第五節の「請求書の二行」という判断基準は誤りとなる。
4. Anthropic がサブスクリプション利用枠の計算に新しいキャッシュ比率を採用したと告知する。あるいは、Max プランの利用枠が 5.1 では 5 より減りが遅いことを示す再現可能な計測が現れる。 第四節の「符号が反転する境界は API とサブスクリプションプランのあいだにある」という段落は撤回する。
5. Artificial Analysis が評価ごとのタスクあたりコストを公開し、v4.3 でエージェント型の評価がほかの評価より安くなっていない。 第一節で示した「同じ請求でも分母を替えれば符号が反転する」仕組みの説明は誤りとなり、残るのは二つの数字が逆を向いているという事実だけになる。
本記事は日本語版・英語版・中国語版と同一の調査と判断にもとづいて書かれており、すべての主張は一次資料へのリンクを備えています。
先月の請求書で、キャッシュ読み取りの行は出力の行の何倍でしたか。比率だけでもお知らせいただければ、次回以降の検証に使わせていただきます。